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「あなたは救われていますか?」
15年程前に、あるキリスト教宣教団体のアフリカ地区を担当している宣教師からこんな話しを聞きました。
それは自分が行った現地の教会の牧師達から挨拶される最初の言葉はなんと「あなたは救われていますか?」 だと聞かされたことがありました。
この言葉は少なからず私の心にショックを与えました。なぜ、そんな言葉を必要とするのか。その事を思いめぐらしていた時に次の聖句を思い浮かべました。
それは使徒行伝2章38節ー42節です。この箇所の前にペテロはイエス様の約束(父の約束、ルカ24章49節) の聖霊を受けて、初めてのメッセージをエルサレムの祭りに来ている人々に話しました(使徒行伝2章14節ー36節)。
それを聞いていた人々は強く心を刺されペテロや他の使徒達に「兄弟達よ、わたしたちは、どうしたらよいのでしょうか。」 と言っています。そこでペテロは答えています。「救い」の2つの面を語っています。
第一「救い」個人的救いについて使途行伝2章38節にハッキリと初代の教会に教えられています。悔い改め、水のバプテスマ、霊のバプテスマの基本的しかもクリスチャンに不可欠な事柄を伝えています。これは新約の教会の揺るがすことの出来ない土台です。
第二に「この曲がった時代から救われよ(使途行伝2章40節)」と言っています。この曲がった時代というのは私達の住んでいるこの世の中の事です。この世の中にも美しいもの、大切なものがたくさんあります。しかしイエスご自身が荒れ野で試練、誘惑を受けられたように、人を堕落させ、神の思いから遠く離れた生き方をするように、人の世界、この世の中に働く罪の力があるのです。どんな人の中にもこの力は働くのです。時代を超え、地域を越え、人の社会の中に、家庭、職場、学校にその影響力をあらわそうとして人の心に働くのです。聖霊の力なくして、どうしてクリスチャンとしてその誘惑から守られ導かれるのでしょうか。昔の荒れ野のを旅したイスラエルを昼は雲の柱、夜は火の柱をもって導かれたように、聖霊に助けられ満たされて歩むことが神様の願いです。
悔い改めましたか?
水のバプテスマを受けられましたか?
聖霊のバプテスマを受けられましたか?
そして、この世から救われていますか?
そこであなたにご挨拶をします。
あなたは救われていますか? (牧師 後藤利昭)
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